おしゃべりの「大丈夫」

久し振りに地元に帰った。

正確に言うと去年も帰ったのだが、去年の帰省はほぼ実家にいたので「実家に帰った」と言う方が正しい。今年の帰省は私一人で友達に会いまくることだった。

片道7時間〜8時間の距離にある地元は、帰るのも一苦労だ。特に子連れで帰るのはお金も労力もかかるので骨が折れる。自然と腰が重くなるし、帰ったら帰ったで親戚への挨拶回りや子供の世話で遊び歩くどころではない。だが、今年は宣言した。実母と妹と旦那に「悪いけど、子供を見ていてほしい。私は友達に連日会いに行く」。そう言って、実際朝から晩まで友達に会いに行った。2年ぶりに会う人や、5年ぶりに会う人など、コロナを挟んで会えなかった人たちとたくさん話した。

なので「久し振りに地元に帰った」のである。

 

おしゃべりっていうのはすごい。

普段は家族と仕事場しか往復しないし、子供を産んで育ててもしょっちゅう話す友達がいるわけでもない。必然、よく話す大人は旦那だけになるのだが、会話の内容に愚痴は選ばない。映画の話とか子供の話とか、ツイッターで何が流行ったとか……あ、今はXか。Xの名前で夫婦で大喜利とかもしたが、まあそんなところである。互いの仕事の話は時々ぽろっと出るだけだし、生活の愚痴や感想というのもあまり話題に上らない。子供も居るから長々とは喋らず(途中で「ママ聞いてねえ聞いてあのさあ聞いて」が入ってくるので)、要点だけをぱっぱと話す感じ。会話はあるけどおしゃべりはしない。別にそれに不満とかはなかった。はずだった。

 

だから友達に久々に会って、久し振りとかもなく第一声が「やー!てか聞いてこの間さ〜!!」だったことに自分で勝手に衝撃を受けた。

 

そこからはもう仕事の困ったこと、娘のこんちくしょうな笑い話、愚痴、旦那のちょっと腹立つところ、保育園送迎のあれこれ、今ハマってるジャンル、昔の懐かしい話、今学校どうなってんの? え!◯◯先生生きてるの〜?!会いたーい! などまあ出るわ出るわ口が止まらないこと。あっちこっちへ話題が飛んで、誰かが話して私が話して誰かが話してガハガハ笑ってまた話した。全然口が止まらない。友達の「うわそれ大変だね」とか「わかる!うちもマジでさ」という相槌が油になってまたよく回る。

コロナを挟んで最低3年分の話のネタがあったからかもしれない。

それを差し引いてもよく喋った。別に話の内容に解決策があるわけでもない。ただ互いに「うちも頑張ってますわ!」「お!えらい!」「わはは!」と言い合ってるだけである。生産性とか何もない。でもそれがすごく楽しくて、喋るたびに何かうっすら溜まっていた、油膜みたいなのが抜けていって、代わりにむくむく「大丈夫」という気持ちが満ちた。

 

地元っていうのはやっぱりなんだかんだデカい。育った土地の地縁っていうのは、多分説明不要の安心感をくれる。「私はこういう人間です」という証明をいちいち必要としない甘えである。どこで育って、家はどこで、交友関係をなんとなく互いに知っている。前提条件をはぶいて喋り、それで許される甘えと場所がある。地名やバス停の名前を聞けば「あーあそこね」と、心当たりがすぐに出ることの安心感と言ったら!びっくりするほど安心した。不思議な感覚だった。

遠い土地で結婚子育ても、「できらぁ!」という気持ちでやってきた。実際できたしなんとかなっている。でも時々、新しい場所に行くたびに「私はこういう人間です」の証明をきちんとしなければ、という気持ちになる。これは私の勝手な心構えなわけだが、ほぼ初対面で関係構築を最初からしていく相手ばかりになるので、それなりに気を張ってたんだと思う。少なくとも会って一言目に「てかこないださ〜!」と頻繁に喋れる友達を、この土地ではあまり作れていない。地名やバス停を聞いても、すぐにはピンとこなくて「それどこですか…?」と聞いたり、わからないまま話が進むことへの不安が未だある。なんだかんだ10年近く住んでいるのにこの順応性の無さ。自分が情けなくなるが、地元には20年以上住んでたと考えると、あと10年以上住めばここの土地も「地元」になるのかもしれないな。

 

あとで計算してみると4日の滞在で24時間話していた。単純計算で1日6時間である。友達が変わってもぶっ通しで喋り続けていた。話題は全然尽きなかった。違う友達に同じ話題を喋ったり、違う話題を延々喋ったりしていた。みんなよく付き合ってくれたと思う。ありがたいねえ。

LINEでも電話でも喋れるけれど、やっぱり面と向かって話すことのほうが3倍くらいパワーが違う。会話のテンポとか表情の読み取りの差かもしれない。中身のないおしゃべりで、「大丈夫」という気持ちがむくむく湧いた。面と向かった友達が、みんな「あんたは大丈夫」という顔をしてくれてたからかもしれない。私も友達に「あんたは大丈夫」という顔ができていたら良い。あー楽しかった!またがんばろ!って私が思えたみたいに。私は多分また、あと5年くらいは頑張れる。あの時飲んだ酒美味かったな、とか、あいつあの時あんなこと言ってたな、とか、そういうなんでもないことで笑えると思うので。

 

帰りは台風の影響で13時間かかったが、へとへとになりながら乗り切れた。くったりした次女を抱えて長女を励まして、旦那と帰ってからの晩ごはんについて2、3会話した。「そういえば友達があんなこと言っててね、楽しかったよ」と言うと旦那は「よかったね」と返す。おしゃべりではないが、これも中々良いもんだ。長女が「カレーうどん食べたい」と脈絡なく言い出すのに「カレーが無いから無理じゃ」と返して喧嘩になった。まずカレーを食え。うどんから入るな。こんな長女も、ぐんにゃあと抱っこされてる次女も、将来はおしゃべりしてくれるだろうか。してくれるといいな。してくれなかったら、旦那を捕まえて6時間ぶっ通しでしゃべるか、また地元に帰ろうと思う。