誰かの地雷は美味
うちの朝ごはんは子供の食事を用意できる方がして、大人の食事は各自で摂ることになっている。明確な取り決めではなく、自然とそうなった。何せ食の細い旦那は朝はコーヒーと時々パンのみで大丈夫派、私は朝からしっかり食べないと動けない派。片方に合わせると片方に不都合が出るので、自然とこうなった。
旦那は結構味にうるさい。スパイスとかやたら買ってくるし、自分の料理にも「うーん、ちょっとちがうな…」と、料理屋さんの料理に近づけようと試行錯誤する。理系なのも理由なのか、ただの性格なのか、手順をきちんと守り下ごしらえを守り味をしっかり確かめる。作りたいものがしっかり決まっているので、料理のために食材を買いに行くタイプ。
一方の私は「どんぶり勘定で大体の味で手早く出来てまあまあ腹が膨れればよし」をモットーにしている。冷蔵庫にある食材をどうにかする作り方をするので、時短レシピをガンガン使うし、前にも書いたがカレーの具材の順番とか何も守らない。最終的にまあまあ美味しければ良いのだ、タイプだ。
食に対しての姿勢は違えど、お互いに折り合ってまあまあうまくやっている。だが、ときどきは衝突することもある。たとえば、好みの食べ物とか。
さてとある月曜日、パンを齧っていた旦那が「は?」と唐突に不機嫌な声を出した。子どもと一緒にウインナーをつつきながら眺めていると、なんだか慌ててがさがさと冷蔵庫を探っている。ニュースの天気をぼーっと聞いていると、キッチンから「うわ、最悪、だまされた!」とでっかい声。あまり怒ったり声を荒げたりしない旦那がめずらしい。見ればチーズの袋を手に険しい顔をして成分表示を見ている。
「これチーズだけどチーズじゃない。見てよ」
突き出された袋にはチーズが入っていた。よくわからなくて「チーズじゃん」と言うと旦那は苛々と説明した。
曰く、これは正確にはチーズではない。裏の成分表示を見ると
無脂乳固形分 29%
乳脂肪分 11%
植物性油分 15%
原材料名:ナチュラルチーズ、植物油脂、でん粉、ホエイパウダー、乳たん白…etc
とある。つまり半分がでん粉で補われている。製品名もよく見れば「やわらかシュレッド」で「チーズ」が入っていない。突き放した言い方をすると、でん粉でかさ増ししたチーズなのである。
チーズをこよなく愛する旦那は珍しくブチギレていた。どのくらいブチギレていたかというと、消費者庁のホームページで何某かの法に違反していないかを調べるくらいには怒っていた。詳しく聞くと、260円超えのチーズの横にこの「なめらかシュレッド」が190円で置いてあったので、安さにつられて買ったらこの状況になったのだという。経済感覚の鋭さが仇になったわけだ。
いやそれ、割と自業自得じゃん? 私はジャムトーストを齧りながら笑った。
「高いの買ってチーズじゃなかったならともかく、安いの買ってチーズじゃなかったなら旦那にも責任あるんじゃない?」
旦那は「いや許せない」とぷりぷり怒った。
「タイトルがもう騙す気満々じゃないか。チーズじゃないことを誤魔化している罪悪感が出ている。だいたい『なめらかシュレッド』ってなにをシュレッドするんだよ。目的語をつけろ」
メロスかよってくらい激怒している。おもろ。まあ、私もじゃがいもだと思って買って食べた芋が長芋だったら「裏切られた!」ってなるかもしれない。子供のこぼすパン屑を拾いながら私は笑った。
「まあいいじゃん、まずいわけでもないんでしょ」
「でもチーズじゃない。かかしも食べてみなよ、絶対味が違うのがわかるから」
「はいはい」
その日はぷりぷりしながら出勤する旦那を見送って私も出勤した。あんなに怒る旦那も珍しい。気になってその後ツイッターで聞いたら、でん粉かさ増しは「チーズ好きに対する冒涜」だと証言された。そんなに……。閻魔様も罪状が「でん粉かさ増し」で企業がおっこちてきたら戸惑うと思う。いや、チーズ好きだったら怒り狂うかな。ひたすら薄暗いところで発酵させられる刑罰になりそう。つらい。
そんなにチーズがすきなんだなあ。
私は呑気にそう思って、その件をすっかり忘れた。
その週の休日、のそのそ私が起きると、子供たちはすでに遊んでいて、テーブルには食べ残しがあった。隣で次女が遊んでいるので次女のものだろう。飽きて遊ぶのやめてくれ〜と思いながら、私はその食べ残しの皿をとった。
「次女〜、このチーズトースト食べないの?もったいない」
「ヤダー(たべません)」
「おいしそうなのに。ママたべちゃうよ〜?」
「アーイ(食べれば?)」
勿体ないのでひとくち食べた。
美味すぎて眠気が吹っ飛んだ。
「え!!!これ美ッッ味い!なにこのチーズトースト、じゃがチーズの味してめちゃくちゃうまーい!旦那、コレどうやって作ったの?私にも作って!」
「は?」
旦那のテンションは低かった。
「それこないだのチーズもどきなんだけど」
地雷踏んだ。
地獄に落ちるほどの冒涜を嬉嬉として突き進んでしまった。
顔をしかめた旦那が新聞に目を戻す。え、え〜〜〜。不機嫌じゃん。まじ?それほど?だって大好きなじゃがいもの味してめっちゃおいしかったんだよ……あっ!これでん粉か〜〜〜!なるほどね!どーりでじゃがチーズみたいな味だと思った〜〜〜!わははは。
地雷踏んだ。
新聞から目をあげない旦那が呆れながら言った。
「そんなの美味しいって言うのかかしだけだよ」
怒ってる〜!
私はへらへら笑いながら「いやじゃがチーズ好きにはウケるって」となめらかシュレッドを庇った。実際美味しい。旦那はもうなにも言わなかった。地雷を流してくれたらしい。
音速でコーヒーを入れながら、旦那に隠れてパンを2枚だすとなめらかシュレッドを山盛り乗せた。トースターでチンして齧るとやっぱりめちゃくちゃ美味い。じゃがチーズトーストが簡単にできる!しあわせ〜。これはこれで美味しいし、私は時々食べたい。なにせ味にうるさい旦那と違って、美味しければ良い派なので、チーズじゃなくても美味いならいいのだ。じゃがいも好きだし。
だが言わない。
チーズ好きの地雷を目の前で踏みたくないので。
旦那に隠れてなめらかシュレッドを買う方法を考えながら、中身のなくなった袋を捨てた。神様閻魔様チーズ好き様、でん粉かさ増しチーズも美味いです。お許しください。旦那の地雷は私にとっちゃ大好物。お互いにバレないように食べて生きたい。美味しいものに罪はない。罪は我々の舌にあるのです。うんうん。
今週末、買いに行きます。バレませんように。