自分知らず

2年ぶりに歯医者に行ったら虫歯が出来てた。

 

なぜ2年ぶりになのか? 次女の妊娠出産で歯医者から足が遠のいていたことがひとつ。小さな頃から虫歯一つなかったので慢心していたのがひとつ。まあつまり自分の歯に謎の自信を持ってあぐらをかいていた。

近所に新しい歯医者さんができて、評判もすごく良いと聞いた。娘たちを預けている間に動く時間も、最近ようやくとれるようになったので、思いきって予約した。歯磨きが下手くそな自覚はあったので、虫歯は無くても「歯磨きできてないですよ」って言われるかな…という覚悟はあった。お医者さんにメンテサボるなよ、といわれることへの緊張って胃がキュッてなる。予めダメージを減らしておこうという寸法だ。なるべく丁寧に歯磨きをして、私は新しい歯医者さんへ向かった。

行ってみたら施設内は綺麗だし、受付は親切だしでびっくらこいた。「レントゲンをとりますね」と歯のレントゲンを取られた。歯のレントゲン?!すげえ、私の歯ってこんなんなってるの。死んだあとしか見れないと思ってた。私は椅子に座ってレントゲン写真をまじまじ見て診察を待った。ふーん、結構……良い歯じゃん…?いや、ほかを知らんけど。

医者さんはすぐに来た。流行っているから忙しいだろうに優しくてテキパキした口調だった。歯医者さん2年ぶりでー、あっそうなんですねー、このレントゲンをみてください。はいはいなんでしょう。

「上の親知らずが2本、磨けて無くて大きな虫歯になっています」

「お、親知らずがあるんですか?!? 私に?!」

「?!ありますよ?!」

衝撃。自分の上の歯に親知らずが生えていたなんて知らないで生きてた。というか親知らずって生えると痛いって聞いていたので、歯の痛みとは無縁な私には生えてないんだろうと思いこんでいた。健康な歯に胡座をかいて生きてきたので、歯についてはとことん無知だったのである。

親どころではない、自分知らずの歯である。

それがあるだけで衝撃なのに、存在を知ったときには既に虫歯でボロボロだ。なんだよ…こんな姿になっちまって……私はまだお前の真の姿も知らないのに…

びっくりしている私にびっくりしながら、先生がさらに言った。

「噛み合わせのない歯ですし、治療してもこの大きさだと虫歯を繰り返すと思います。こちらとしては抜歯することも考えても良いかと思います」

「抜歯!!?」

口を覆った。存在を知ったのにさよならするはめになってしまった。なんてことだ、私が歯磨きをちゃんとしてなかったから…娘たちにはアンパンマンの歯磨き絵本をしこたま読んでいてこの体たらく。バイキンマンに勝ち誇られるに違いない。

聞けば、妊娠出産で抵抗力が落ちると今まで健康な歯も一気に虫歯になったりするらしい。2年前に行った別の歯医者では指摘されなかったから、次女の出産で一気に進行したのだろう。ああ親知らず…私が知らない歯だったから…。今までなんとなく磨いていた奥歯のさらに奥で、見知らぬ歯は人知れず死にかけていた。

 

「抜いてください…」

 

とはいえ、治らない虫歯をそのままにしておく趣味もない。先生にお願いして、私は次回の治療で親知らずとさよならする道を選んだ。先生は少し笑っていた。優しい。

歯磨き指導をしてくれた歯科衛生士さんの丁寧な「歯磨きのポイント」を真剣に聞いて、「絶対改善していくので、頑張っていきましょうね」と微笑まれた。優しい。私も真剣に「がんばります」と返した。帰りに新しい歯ブラシを買った。

 

夜、真剣に鏡の前で歯磨きをする私に長女が「今日の歯医者さんどうだったの?」と聞いてきた。虫歯があったこと、ママの知らん歯が口の中にあったことを説明して「虫歯はちょっとショックだったよ…」と溢したところ、長女は真剣な顔で頷いて私の腰をぽんぽんと叩いた。「早く抜いてきな?」容赦がない。頷いて、歯磨きの続きをひとりでした。次回の診察ではさよならだ。それまではしっかり労ろう。すでに何も感じない虫歯をしっかり磨いて、私は自分知らずの歯との別れを今日も惜しむ。