チリも積もればエコバッグ

この夏、子供と一緒に水族館へ行った。

水族館で子供のテンションが一番上がるのはなんだかんだお土産屋さんである。かわいいイルカのぬいぐるみやら、押すと音の鳴るヒトデとか、子供たちが土産を吟味している後ろでぼうっとしていた。一個だけだからね、と声をかけながら、私も自分に土産の一つくらい買っても良いか、という気になった。

大人用の売り場はディスプレイですぐにわかる。なんか綺麗に並べられているからだ。で、そこにエコバッグがあった。水族館オリジナルの、イルカが海を泳いでいる綺麗なエコバッグである。フーン、と思ってひとつ買った。もともとぬいぐるみとかキーホルダーとか、飾りや可愛がる目的のグッズは苦手だ。雑な性格なので大事にできない。でもエコバッグならまあ、時々は使うか、と思った。時々。

何せ、私はエコバッグを使う機会があまりない。

忘れっぽいし、横着なので、カバンにエコバッグを常備することがまずできなかった。使い勝手が悪いのも積極的に使わなかった理由である。大きいしっかりしたエコバッグは持ち歩くのが面倒だし、かといって小さいと物が入らなくて結局スーパーでレジ袋を買う。悩む暇があるならレジ袋を買ってしまった方が早いと思うタイプである。せっかちなのだ。そもそも、レジ袋は買い物に特化したビニール袋なのだから、買い物に一番適してるのはレジ袋なんじゃないの、というひねくれた考えもあった。自分の積み重ねが苦手な性格に屁理屈を付けるのは得意なのだ。

だから、まあすぐ使わなくなるだろうけど、あれば時々便利か、くらいの気持ちで買った。2000円近くしたが、土産だし、水族館記念だしまあいいか、と思った。特にエコバッグとしては期待もせず買ったのだ。

そしたらこれが物凄い便利だったからびっくりこいた。

まず、意外と入る。たためるエコバッグって、実際ちょっとしか入らないでしょ~とか思っていたのだが、このエコバッグは広げるとマチがしっかりついてて牛乳パックが三本余裕で入るのだ。

しかも丈夫だ。牛乳三本も入れたらレジ袋はきゅーっと伸びる。両手にぎちぎち食い込んで車や自転車まで地獄のような痛みが続く。このエコバッグはナイロン製なので伸びないししっかり持ち手の幅があるので手が痛くならない。なんなら肩にかけることだってできるので負担減。子供追いかけながらエコバッグ担ぐのも苦ではなかった。なにこれ。2000円のエコバッグすごい。

たたみ方も簡単である。折り紙が苦手な自分が畳めるのだから簡単に決まっている。折り目をいっぱいつけたり、ここをこうしないと角が入らない…なんてこともない。しかも私のような雑な手つきで畳んでも意外とぺったんこになる。カバンの隙間に入れても邪魔にならない。すげえ。エコバッグ、便利じゃん。なめていた。今までの安いやつとか付録でもらった小さい奴はぐちゃぐちゃになってどっか行っていたのだが、ぺたんこだけどサイズは小さな折り紙くらいあるので存在感があるこのエコバッグは見失うことはなかった。

そんでかわいい。そもそも描かれていた絵を気に入って買ったのであるから、私の好きな絵柄のエコバッグなのだ。単純にテンションが上がる。カバンの中にちらっと入っているのを見て「ふん、かわいいじゃん…」という気持ちになる。ひねくれている。しかしテンションは上がる。

買い物中に「袋ご入用ですか?」と聞かれて「大丈夫です、持ってます」とこのエコバッグを出すとき、単純にテンションが上がる。かわいいから。これ、私の好きなエコバッグなんですよ。かわいいでしょう。そういう気持ちになる。

最近は、カバンにエコバッグが入っているのを確認して出歩くようになった。好きな絵柄だからすぐに確認できる。で、頭の片隅に「好きな絵柄でたくさん入るエコバッグを持っているんだぜ」という気持ちがあるので店でもすぐに思い出せる。売り場で牛乳を手に取った時に「これ、エコバッグに入るんだよな」と思うからレジでちゃんと取り出せる。楽しい。好きな絵柄のたくさん入る邪魔にならないエコバッグを持つの、楽しい。

今までエコバッグが続かなかったのは、単純に興味がなかっただけなのだろう。

コンビニもスーパーもドラッグストアでも使うようになった。カバンに好きな絵柄のエコバッグが入っているんだぜ。仕事で疲れた時も買い物の億劫さがちょっと減った。まあ、私のエコバッグならすぐに入れて帰れるからな。子供が買い物に行きたい行きたい連れてけうわあー!となってもちょっと気が楽だ。自慢のエコバッグをもったいぶって取り出して渡せば、子供が面白がってちゃんと入れてくれるからな。イルカさんかわいいー!とか、パンいっぱい入る、とか言ってさ。

ちょっと億劫だな、ちょっと面倒だな、が、ちょっと減っている。

エコだ節約だなんだかんだ理屈をつけるより、好きとかテンション上がるの感情の方が結局続く性格だったのだ。できるだけ長く使っていきたいと思っている。ちょっと楽だ、ちょっと楽しいが続いていけば、もっと愛着が湧くだろう。イルカが泳ぐ絵柄を鞄に入れているだけで、感情が積もっていくエコバッグ生活。意外といいな。

ビールとポップコーンと映画

ラストマイルを見た。良い映画だった。

映画館でべそべそ泣いて、鼻を啜りながら車で帰った。感想はこのブログでは書かない。みんな映画館に行って感じてみてほしい。

帰ってからツイッターで感想を漁り、うんうん、わかるわかる、そうだよね、とまた映画を思い出して泣きながらツイッターを眺めた。すると「野木亜紀子先生が『ビールとポップコーンが合う映画です』と言っていた」というツイートが流れてきた。プレミアだか、公式広報だかで言っていたそうだ。ははぁん。

TLに流れてくる、出展が明記されていないこういうツイートを、人のうわさ、と呼んでいる。嘘だと思っているわけでも、疑っているわけでもない。多くの人がそう言っているので、事実なのだろうが、きちんと確認するには公式サイトやニュースサイトを自分で探す手間がかかるので、噂話としてふんふん聞くに留めているだけだ。とげとげしたうわさはあまり真剣には聞かないが、楽しいうわさはしばらく眺めている。

そのうわさによると、脚本家の野木先生がラストマイルに『ビールとポップコーン』をすすめている、というのだ。

二度目のははぁん。

そういえば、映画館でビールを飲んだことがないな、と思った。

ジュースはある。ポップコーンもある。しかしアルコールはない。なぜなら、近場の映画館へは車で行くからだ。飲酒運転の選択肢は私にはない。映画館でビール、それってありなのか。流れていく人のうわさを眺めながらわくわくした。暗い映画館でポップコーン片手にビールを飲んで映画を見る。……それってありなのか!

二回目のラストマイルを見に行くことにした。もちろんビールとポップコーン付きで見るのだ。うきうき支度をしながら算段を立てた。歩きで行くから歩きやすい靴で~暑いから薄着で~荷物少なくして~。浮かれた私に旦那が言った。

「あの小さな映画館にビールなんか売ってるの? 確認したら?」

それもそうだ。

近場の映画館は小さな映画館なのでいつも人が少ない。ナイトタイムの時間は貸し切り状態のときもある。フードを頼むのは子供と行く昼間しか頼んだことがないのだ。ビールどころかポップコーンも売ってない可能性も、ある、かもしれない。ない、かもしれない。自信がない。行ってビールが売ってなかったらどうしよう。悲しい。すごく悲しい。確認できるなら、したほうが、いいか。いいか? 私はスマホを取り出して映画館へ電話をかけた。もしもし、すみません。そちらの映画館ってビールは売ってますか? 映画館の人は電話越しに物凄く戸惑っていた。

「はぁ、ビールですか? 売っておりますが…?」

売ってた。

普通に売ってた。あっ、これポップコーンも売ってるやつだ。あっ、やばい、なんかあたりまえのこと聞いてるやつだ。あっ、うわ。ちょっと。うわ。あっ。はずかしい。

羞恥心で脳みそがぐるんと逆回転して口が勝手に回った。

「あ、ということは映画を見ながらビールを飲むことができますか?」

映画館の人はさらに戸惑った。

「できますよ……?」

「わかりました!!!!!!! ありがとうございました!!!!!!!」

羞恥心が限界にきて電話を切った。数分立てなかった。

近所の映画館はがらがらなのである。ナイトタイムならなおさらだ。映画館の受付の人は戸惑っただろう。「なんか今ビールの在庫聞かれたんだけど…」受話器を握る彼あるいは彼女のそばには、映画館なのだから事情通の人がきっといるに違いない。事情通の人はこういうんだ。「ラストマイルでビールとポップコーンもって見てねって野木先生が言ってたらしいですよ」「あー」。そんな会話がもし!!行われていた!!として!!数時間後にのこのこ現れた女が「ビールください!」と言い出したら!「あっ!映画館念押しビール確認女だ!」みたいに!!!思われないとは!!限らない!!!

自意識過剰な被害妄想と、もしもそうだったら恥ずかしいの間で唸りながら、旦那にクレームをつけた。旦那は私を指さして笑った。くそが。

 

それでも、ビールとポップコーンを片手に映画館で映画を見たかったので、恥を押し殺して映画館へ向かった。案の定がらがらで静かだが、歩きやすい絨毯と適度なBGMで居心地の良い映画館である。ナイトタイムなので店員さんも半分店じまい(館仕舞い?)の空気を出している。フードコーナーのお姉さんはぼちぼちジュースの機材を拭いたりしながら、気怠そうにカウンターの向こうで重心を傾けていた。しかし、完全に閉まっているわけではなく、フードメニューの看板はきちんと出ている。今まで気にしたことがなかったが、よく見るとジュースの下の方に、ちゃんと「ビール 700円」と書いてあった。ほんとにある。ビール、飲んでいいんだ。

映画館って、ビール飲みながら映画見ていいんだ。

カウンターをちらっと見ると、お姉さんとバチッと目があった。お姉さんはすうっと布巾をしまうと、背筋を伸ばしてカウンターにぴたっと立った。職業人である。私もカバンの財布を握りしめて思わず背筋を伸ばした。逃げられない。

なぜだか、中学時代にはじめてひとりで映画館に来た日を思い出した。

妙な緊張を抱えながらカウンターを挟んでお姉さんと対峙する。なるべく歯切れよく「ビールとポップコーンの塩をひとつください」と言った。心の隅で行儀のよい客だと思われたかったと思う。お姉さんは「ビールですね、かしこまりました」と丁寧に言うと、背を向けて大きなビール缶を冷蔵庫からすぐに出して、映画館のあのちょっとデカめのカップに勢いよくジャーッとビールを注いだ。どぼぼぼっしゅわわわ~。ビールの泡の音までよく聞こえる、良い映画館である。つやつやのきれいなネイルの手によって、塩味のポップコーンと一緒に泡の詰まったビールがご用意された。「どうぞ、お楽しみください」お姉さんが澄ました顔で言うので、私も「ありがとうございます」となるべくよそ行きの声で言った。踏み心地の良い絨毯を踏んで、シアターに入るのは最高に緊張した。緊張しすぎて、開演5分前に入った。がらがらの席のど真ん中に陣取り、真っ白なスクリーンを見ながらポップコーンを食べた。うまい。たまに食べるポップコーンってどうしてこんなにうまいんだ。しょっぱくって、ほくほくとカリカリの間で、しょっぱくって、うまい。

5分後にはポップコーンが半分になってた。

まだ映画がはじまってないのに、ポップコーンが残り半分である。ビールの泡も消えてしまった。あんなに泡立っていたのに、なんかしゅわ…みたいな儚いエフェクトがかかっている。時間選択。私ははじめて、映画館でビールとポップコーンをおいしく食べながら映画を見ることの難易度を知った。五分前にビールを買うもんじゃない。一番おいしい一口目が、映画が始まる前に儚く消える。しくじった。半分消えたポップコーンのことは一度置いといて、儚い泡を抱えたビールを覗き込んだ。まだ間に合うだろうか。

カップはまだ冷たかった。開演と同時に予告がはじまる。いつもは大好きな予告にはらはらした。ぬるくならないだろうか、まだ冷たいビールが飲めるだろうか。その間も手がポップコーンを拾う。ばか!なんのためのビールだよ!つまみがなくなるだろうが!必死でポップコーンを持った手を食い止めて開演を待った。あと少し、きっと少し。待て!私の理性、待て!

オープニングの音が聞こえた瞬間に、ビールを飲んだ。

 

うっまい。

 

大画面を見ながら、音を聞きながら、冷たいビールを飲んでポップコーンを食べた。すごく美味い。しゅわあっとした苦みとすっきりしたビールの味に、ポップコーンの塩っ気がよくあった。二回目の映画だからストーリーだけじゃなくて、画面の細かいところもみるぞ~とか思っていたのに、ビールによってすぐ泣いた。べしょべしょである。泣きながら、ハラハラしながらビールを飲んでポップコーンを食べた。うおー。おもしれー。二回目なのに。ビールをぐい!うまい。おもしれー!ポップコーンをかりっ。うまい。おもしれー!

なんという贅沢。家で映画見ながら飲むビールも楽しいと思っていたが、映画館は2倍、いや3倍楽しい。そもそも、外で飲む酒ってなんかわくわくする。酒は家の外で作られているので、外で飲むときっと生来の味がするのだ。うまい。映画の展開も早く見える。盛り上がりが一層ドラマチックに見える。ポップコーンを握りしめながら展開を追って、ビールを飲みながら泣き笑いした。たのしい。おもしろい。うれしい。

 

映画館でビールとポップコーン片手に映画見るの楽しい~~~~~!!

 

 

帰り道はふわふわと、楽しい気分をもってゆっくり帰った。昼間は暑いのに、夜は生ぬるくて、風が結構強いので気持ちがよい。映画の記憶を反芻すると、合わせてビールの美味さを思い出した。きっとしばらく冷たいビールを飲むたびに、ラストマイルを思い出す。ポップコーンを見るたびに、残りを握りしめながらハラハラしたシーンを思い出すに違いない。大人になって映画館の楽しみがまたひとつ増えるとは思わなかった。良い経験をしたし、これからもやろうと思った。楽しいうわさをTLに流してくれた人に感謝したい。

人のうわさを楽しむことも、時々はいいもんだ。

天啓でキムチ

 

買い物をしていると、時々、天啓染みた閃きを得ることがある。


ゼッタイ買いだ!という確信に似ているけれどちょっと違う。
この商品ははずれそう…とか、ここで買っておかないと後悔するとか、あっ一期一会商品だと勝手に思うとか、そういう第六感である。もちろん外れることもあるので絶対ではないが、あながち馬鹿にできない。これは多分日々の生活の積み重ねで買い物経験値を積んできたから起きる閃きかもしれないし、日々の失敗で回避率が上がった故の危機感知なのかもしれない。


水曜日のことである。
近所のスーパーでは時折県外から美味しいお店が自慢の品を持って特設コーナーを設ける。催事出店と言うらしい。レジ前にある北海道の唐揚げとか、やたらとオシャレなスコーンとか、売ってる内容はさまざまだが、サッカー台で袋詰めしている家族へ匂いで宣伝するタイプのあれである。子連れには結構効く。土日はかき入れ時だから、お店の人の呼び込みの声も元気が良く、開店~昼過ぎくらいまでは人気のあれである。
普段、私はあまり足を止めない。
タコ焼き屋から香しいソースの匂いがしようと、めちゃくちゃ美味しそうなシフォンケーキが並んでいようと、基本的には速足で通り過ぎる。子供の目に触れたら大変危険な虹色の綿あめ屋さんがいたときはカバディみたいに子供の視界を遮って通り過ぎた。
しかし、その日の私には、天啓が降りた。
レジを通してもらっている間、ちらりと目にした赤い屋台。


キムチ屋さんである。


キムチ。
キムチ?
店舗にはずらりと並んだ赤い品々。キムチ一本でスーパーに来たのか。
それって…なんか、絶対美味しいんじゃない……?


天啓としか言いようがない。
袋詰めをしながら、私は店の奥で「いらっしゃーい」と愛想よく元気な呼びかけをするお姉さんを盗み見た。根拠は無いが私の頭の奥でぴりぴりと「あれは絶対美味しいものだ」という予感がする。もしかしたら食いしん坊の勘だったのかもしれない。いくら見ても店舗に並ぶのはキムチだけである。
キムチ売ってる。
キムチしか売ってない。
呼び声に誘われるようにふらふらと近寄った。
当然、商売上手なお姉さんがそんな脇の甘い客を逃がすはずがない。「美味しいですよ、うちのキムチ!」とにこにこ笑顔でターゲッティングされてしまう。見ると、やっぱりキムチが並んでいる。でもちょっとずつ、なんか、種類が違うようである。


天平キムチ

tenpeishop.com

 

店名である。滋賀県のキムチ屋さんらしい。ポップには「マツコの知らない世界に紹介されました!」と書かれていた。有名なキムチ屋さんらしい。マツコが気に入ったんなら、そりゃあ美味いだろうな。そりゃ美味いよ。
一口にキムチと言っても、漬けたものによって種類がある。白菜、キュウリ、ラッキョウ、海苔とか、まあ色々だ。海苔ってキムチにできるんだ。
新鮮な驚きにじっとキムチを眺める私にお姉さんがにこにこで聞く。


「奥さん、キムチ好きですか?」


特に大好きというわけではない。
だが、美味しいキムチは好きだ。私は白米が好きなので、白米に合うおかずはなんでも好きなのである。
「辛すぎると食べられないんです」
「うちのキムチは全然辛くないですよ!」
私の不安をお姉さんは即座に一蹴した。秒だった。
接客に慣れているのだろう。私のような「キムチは好きだが辛すぎるのはちょっと……」とかいう甘っちょろい客など絶対に逃がさないという商売上手を笑顔に見た。
さらに自信もあるのだろう。確かに、赤いキムチは辛そうなとげとげしい赤さではなかった。とっても、純粋に、美味しそうなのだ。
視線がうろうろと商品棚を見る。ぼんやりと立つ私へ商売上手なお姉さんは二番人気の白菜を進めてきた。美味しい、らしい。そうだろうな。なんかだってぜったい、美味しそうだもんな。王道の白菜。でも。白菜。しかし。だが。


左上に長芋のキムチがあるのだ。


食いしん坊は、いや、デブは芋類に目が無いのである。
しゃきしゃきの長いもに辛みと酸味と旨味が染みこんだキムチ。絶対美味い。
私の長年のデブ経験則、いや、食いしん坊経験則がガンガンにラッパを吹いていた。肩に乗ってる天使も悪魔も一斉に「絶対美味いやつだって!!!!!!」と叫んでいる。わかっている。落ち着け。がっつくんじゃねえ。欲望のはしたなさを𠮟りつけてじいっと立ち尽くす私の前で、お姉さんがにこっと笑った。


「ちなみに奥さん、長芋気になってるかんじですか?」


バレてる。
そりゃああれだけガン見していればバレるわと、今ならわかるのだが、言い当てられた水曜日の私は一気に汗が噴き出た。無言で頷くとお姉さんはさらに声を潜めて私の食欲を唆した。

「うちの一番人気なんですよ」

一番人気。

「一日2~4個ずつ食べてまあ1週間持つかな、って計算でパッケージされてるんですけど」

うん。

「私もこれ、好きで。美味しくて」

だろうなあ。

「2日で食べきっちゃいました」

 


ぜ っ た い お い し い じ ゃ ん !

 


美味しいに決まっとるがな。毎日キムチを見てキムチの匂い嗅いでおそらくキムチ買ってるであろう店員さんが2日で食べちゃうんだぞ、絶対美味い。
欲しい。
何が何でも炊き立てご飯に乗せて食べたい。
だが、うちでキムチを食べる大人は二人だけだ。旦那は特別キムチが好きというわけでもない。天使が必死に足に纏わりついてブレーキをかける。
「買い過ぎるなよ! 誰が食べるんだよ!」
わたしだ。
わたししかいないのだ。
家族の食べ残しの処理はすべて、まるっと、わたしなのだ。思い出すテーブルの上の残骸の数々。半端に残ったお惣菜。海苔の佃煮を最後まで食べきるのは私。梅干しを一生懸命おにぎりに入れるのは私。残ったカレーをごはんで掬い取って意地になって食べるのは私なのである。

見極めねばならない。美味しく食べれて、且つ多すぎない量を。


私は長芋キムチを指さし、本当は500g買いたいところをぐっとなけなしの理性で我慢して、200gを買った。
さらに白菜キムチの誘惑に負けて、1kgの白菜に手をかけて、天使が脛を思いっきり蹴って来たから、500g買った。泣く泣くの調整である。

2千円以上支払ったところで「キムチに2000円って」という理性が一瞬頭をよぎったが、ずっしりと重たくパンパンにキムチの詰まったビニール袋に、すぐに脳内は「早く炊飯器炊かなきゃ」になった。食欲の前に金の力は弱い。だって紙切れでお腹いっぱいにはならない。なるけど。なるけどね。手に持ってるだけじゃお腹は膨れないからね。


すかすかの財布とパンパンのキムチを持って家に帰った。
とりあえず他のおかずの準備をしながら米を炊いた。
夕飯に長芋キムチをそっと添えて出す。案の定、子供達には「なんだこれ辛い」と言われたが、旦那と二人でひとつずつつついた。


美味い。
めっちゃうまいじゃんこれ。


長芋は予想の2倍くらいしゃきしゃきしていた。芋の甘さがキムチの酸味にほどよく絡んで、ぴり辛な唐辛子がぎゅっと旨味を引き締めている。キムチの辛みがごはんに染みて、米の甘味がこれでもかと際立つ。気づいたら白米と一緒にむしゃむしゃ食べていた。旦那が途中で「美味しいねえ、これ」と言っていたがほとんど耳に入らなかった。私は本当に、旦那にも食べてもらいたかったのに。本当に、美味しいものは旦那と共有したかったのに。箸が止まらなかった。無言でひょいひょいキムチを取ってぱくぱく食べた。秒で無くなった。


一瞬。


一瞬じゃないか。
呆然とする私はそのまま旦那に言った。
「旦那、ビビンバ作るの上手かったよね」
「まあ、かかしよりはね」
どんぶり勘定で飯を作る私より、手順に忠実に沿う旦那のほうが名前がつく料理は当然上手い。
「白菜のキムチも買ってきたから今度作ってくれる?」
「キムチ買いすぎじゃない? どんだけ買ってきたの?」
呆れる旦那に小さく「長芋と白菜ダケダヨ」と返した。金額は言わなかった。このブログでバレるけど。


だが、2千円よりはるかに価値があるキムチだった。


別日に旦那が作ってくれたビビンバに乗った白菜キムチは本当に白飯が進んでしょうがなかった。
3杯。
私がご飯をお代わりした数である。ちなみにどんぶりだ。どんぶりで3杯て。運動部の高校生でもなかなかいない。最近の子はスマートである。白米キムチでどんぶり三杯なんて馬鹿みたいな食べ方はしないだろう。多分。
途中から他の具材とかそっちのけでキムチだけで食べていた。結局半分無くなった。ほぼほぼひとりで食べていた。美味すぎて、どうやっておかわりしたのか記憶にない。おそらくしゃもじを使ったと思う。人間だし。

 


その3日後、平日に休みを取った日、お昼ご飯に白米を炊いた。
炊飯器に1.5合。炊きあがりと同時にテーブルに長芋と白菜のキムチの入ったタッパーを並べて納豆を開けた。ネギを刻んでこれでもかとふりかけて、全部炊き立てのご飯に乗せた。
食べた。
噛んだ。
美味かった。
キムチがキムチであるだけで、こんなに美味いなんてことがあるかよ。
子供に急かされない休日の昼飯、それだけでも幸せなのに、ご飯がめちゃくちゃ進むキムチで腹がみちみちになって途方もなく陶然とした。
炊飯器は空になった。
キムチも全部なくなった。
長芋だけでなく、白菜キムチも2日で食べてしまった。


あれから、天平キムチのサイトを私はずっとうろうろしている。
スーパーで降りて来た天啓が、未だに私の中で暴れ回っているからだ。食べたい。もう一度あのキムチを食べたい。
お取り寄せの方法を調べ、しかし、でも、と品書きを見続けている。美味しい故にお値段は当然する。だが、私はもう知ってしまった。この世にはめちゃくちゃ美味しいキムチがある。
きっと、来月には買うだろう。
あの時、天啓に従って良かった。スーパーで降りて来た「絶対買うべき」は絶対買うべきなのだ。失敗してもそれは私の責任ではない。私の天啓が経験不足だったのだ。つまり、これからも私は己の閃きに従って、新商品を買って良い。次の催事出店で、またあの頭にビビビと来る瞬間が訪れることを楽しみにしている。

 

次はビールと食べたいな。

ゼッタイ絶対ぜったい美味い。

誰かの地雷は美味

うちの朝ごはんは子供の食事を用意できる方がして、大人の食事は各自で摂ることになっている。明確な取り決めではなく、自然とそうなった。何せ食の細い旦那は朝はコーヒーと時々パンのみで大丈夫派、私は朝からしっかり食べないと動けない派。片方に合わせると片方に不都合が出るので、自然とこうなった。

旦那は結構味にうるさい。スパイスとかやたら買ってくるし、自分の料理にも「うーん、ちょっとちがうな…」と、料理屋さんの料理に近づけようと試行錯誤する。理系なのも理由なのか、ただの性格なのか、手順をきちんと守り下ごしらえを守り味をしっかり確かめる。作りたいものがしっかり決まっているので、料理のために食材を買いに行くタイプ。

一方の私は「どんぶり勘定で大体の味で手早く出来てまあまあ腹が膨れればよし」をモットーにしている。冷蔵庫にある食材をどうにかする作り方をするので、時短レシピをガンガン使うし、前にも書いたがカレーの具材の順番とか何も守らない。最終的にまあまあ美味しければ良いのだ、タイプだ。

 

食に対しての姿勢は違えど、お互いに折り合ってまあまあうまくやっている。だが、ときどきは衝突することもある。たとえば、好みの食べ物とか。

 

さてとある月曜日、パンを齧っていた旦那が「は?」と唐突に不機嫌な声を出した。子どもと一緒にウインナーをつつきながら眺めていると、なんだか慌ててがさがさと冷蔵庫を探っている。ニュースの天気をぼーっと聞いていると、キッチンから「うわ、最悪、だまされた!」とでっかい声。あまり怒ったり声を荒げたりしない旦那がめずらしい。見ればチーズの袋を手に険しい顔をして成分表示を見ている。

「これチーズだけどチーズじゃない。見てよ」

突き出された袋にはチーズが入っていた。よくわからなくて「チーズじゃん」と言うと旦那は苛々と説明した。

曰く、これは正確にはチーズではない。裏の成分表示を見ると

無脂乳固形分 29%

乳脂肪分 11%

植物性油分 15%

原材料名:ナチュラルチーズ、植物油脂、でん粉、ホエイパウダー、乳たん白…etc

とある。つまり半分がでん粉で補われている。製品名もよく見れば「やわらかシュレッド」で「チーズ」が入っていない。突き放した言い方をすると、でん粉でかさ増ししたチーズなのである。

 

チーズをこよなく愛する旦那は珍しくブチギレていた。どのくらいブチギレていたかというと、消費者庁のホームページで何某かの法に違反していないかを調べるくらいには怒っていた。詳しく聞くと、260円超えのチーズの横にこの「なめらかシュレッド」が190円で置いてあったので、安さにつられて買ったらこの状況になったのだという。経済感覚の鋭さが仇になったわけだ。

いやそれ、割と自業自得じゃん? 私はジャムトーストを齧りながら笑った。

「高いの買ってチーズじゃなかったならともかく、安いの買ってチーズじゃなかったなら旦那にも責任あるんじゃない?」

旦那は「いや許せない」とぷりぷり怒った。

「タイトルがもう騙す気満々じゃないか。チーズじゃないことを誤魔化している罪悪感が出ている。だいたい『なめらかシュレッド』ってなにをシュレッドするんだよ。目的語をつけろ」

メロスかよってくらい激怒している。おもろ。まあ、私もじゃがいもだと思って買って食べた芋が長芋だったら「裏切られた!」ってなるかもしれない。子供のこぼすパン屑を拾いながら私は笑った。

「まあいいじゃん、まずいわけでもないんでしょ」

「でもチーズじゃない。かかしも食べてみなよ、絶対味が違うのがわかるから」

「はいはい」

その日はぷりぷりしながら出勤する旦那を見送って私も出勤した。あんなに怒る旦那も珍しい。気になってその後ツイッターで聞いたら、でん粉かさ増しは「チーズ好きに対する冒涜」だと証言された。そんなに……。閻魔様も罪状が「でん粉かさ増し」で企業がおっこちてきたら戸惑うと思う。いや、チーズ好きだったら怒り狂うかな。ひたすら薄暗いところで発酵させられる刑罰になりそう。つらい。

そんなにチーズがすきなんだなあ。

私は呑気にそう思って、その件をすっかり忘れた。

 

その週の休日、のそのそ私が起きると、子供たちはすでに遊んでいて、テーブルには食べ残しがあった。隣で次女が遊んでいるので次女のものだろう。飽きて遊ぶのやめてくれ〜と思いながら、私はその食べ残しの皿をとった。

「次女〜、このチーズトースト食べないの?もったいない」

「ヤダー(たべません)」

「おいしそうなのに。ママたべちゃうよ〜?」

「アーイ(食べれば?)」

勿体ないのでひとくち食べた。

美味すぎて眠気が吹っ飛んだ。

「え!!!これ美ッッ味い!なにこのチーズトースト、じゃがチーズの味してめちゃくちゃうまーい!旦那、コレどうやって作ったの?私にも作って!」

「は?」

旦那のテンションは低かった。

 

「それこないだのチーズもどきなんだけど」

 

地雷踏んだ。

地獄に落ちるほどの冒涜を嬉嬉として突き進んでしまった。

顔をしかめた旦那が新聞に目を戻す。え、え〜〜〜。不機嫌じゃん。まじ?それほど?だって大好きなじゃがいもの味してめっちゃおいしかったんだよ……あっ!これでん粉か〜〜〜!なるほどね!どーりでじゃがチーズみたいな味だと思った〜〜〜!わははは。 

地雷踏んだ。

新聞から目をあげない旦那が呆れながら言った。

「そんなの美味しいって言うのかかしだけだよ」

怒ってる〜!

私はへらへら笑いながら「いやじゃがチーズ好きにはウケるって」となめらかシュレッドを庇った。実際美味しい。旦那はもうなにも言わなかった。地雷を流してくれたらしい。

音速でコーヒーを入れながら、旦那に隠れてパンを2枚だすとなめらかシュレッドを山盛り乗せた。トースターでチンして齧るとやっぱりめちゃくちゃ美味い。じゃがチーズトーストが簡単にできる!しあわせ〜。これはこれで美味しいし、私は時々食べたい。なにせ味にうるさい旦那と違って、美味しければ良い派なので、チーズじゃなくても美味いならいいのだ。じゃがいも好きだし。

だが言わない。

チーズ好きの地雷を目の前で踏みたくないので。

旦那に隠れてなめらかシュレッドを買う方法を考えながら、中身のなくなった袋を捨てた。神様閻魔様チーズ好き様、でん粉かさ増しチーズも美味いです。お許しください。旦那の地雷は私にとっちゃ大好物。お互いにバレないように食べて生きたい。美味しいものに罪はない。罪は我々の舌にあるのです。うんうん。

今週末、買いに行きます。バレませんように。

自分知らず

2年ぶりに歯医者に行ったら虫歯が出来てた。

 

なぜ2年ぶりになのか? 次女の妊娠出産で歯医者から足が遠のいていたことがひとつ。小さな頃から虫歯一つなかったので慢心していたのがひとつ。まあつまり自分の歯に謎の自信を持ってあぐらをかいていた。

近所に新しい歯医者さんができて、評判もすごく良いと聞いた。娘たちを預けている間に動く時間も、最近ようやくとれるようになったので、思いきって予約した。歯磨きが下手くそな自覚はあったので、虫歯は無くても「歯磨きできてないですよ」って言われるかな…という覚悟はあった。お医者さんにメンテサボるなよ、といわれることへの緊張って胃がキュッてなる。予めダメージを減らしておこうという寸法だ。なるべく丁寧に歯磨きをして、私は新しい歯医者さんへ向かった。

行ってみたら施設内は綺麗だし、受付は親切だしでびっくらこいた。「レントゲンをとりますね」と歯のレントゲンを取られた。歯のレントゲン?!すげえ、私の歯ってこんなんなってるの。死んだあとしか見れないと思ってた。私は椅子に座ってレントゲン写真をまじまじ見て診察を待った。ふーん、結構……良い歯じゃん…?いや、ほかを知らんけど。

医者さんはすぐに来た。流行っているから忙しいだろうに優しくてテキパキした口調だった。歯医者さん2年ぶりでー、あっそうなんですねー、このレントゲンをみてください。はいはいなんでしょう。

「上の親知らずが2本、磨けて無くて大きな虫歯になっています」

「お、親知らずがあるんですか?!? 私に?!」

「?!ありますよ?!」

衝撃。自分の上の歯に親知らずが生えていたなんて知らないで生きてた。というか親知らずって生えると痛いって聞いていたので、歯の痛みとは無縁な私には生えてないんだろうと思いこんでいた。健康な歯に胡座をかいて生きてきたので、歯についてはとことん無知だったのである。

親どころではない、自分知らずの歯である。

それがあるだけで衝撃なのに、存在を知ったときには既に虫歯でボロボロだ。なんだよ…こんな姿になっちまって……私はまだお前の真の姿も知らないのに…

びっくりしている私にびっくりしながら、先生がさらに言った。

「噛み合わせのない歯ですし、治療してもこの大きさだと虫歯を繰り返すと思います。こちらとしては抜歯することも考えても良いかと思います」

「抜歯!!?」

口を覆った。存在を知ったのにさよならするはめになってしまった。なんてことだ、私が歯磨きをちゃんとしてなかったから…娘たちにはアンパンマンの歯磨き絵本をしこたま読んでいてこの体たらく。バイキンマンに勝ち誇られるに違いない。

聞けば、妊娠出産で抵抗力が落ちると今まで健康な歯も一気に虫歯になったりするらしい。2年前に行った別の歯医者では指摘されなかったから、次女の出産で一気に進行したのだろう。ああ親知らず…私が知らない歯だったから…。今までなんとなく磨いていた奥歯のさらに奥で、見知らぬ歯は人知れず死にかけていた。

 

「抜いてください…」

 

とはいえ、治らない虫歯をそのままにしておく趣味もない。先生にお願いして、私は次回の治療で親知らずとさよならする道を選んだ。先生は少し笑っていた。優しい。

歯磨き指導をしてくれた歯科衛生士さんの丁寧な「歯磨きのポイント」を真剣に聞いて、「絶対改善していくので、頑張っていきましょうね」と微笑まれた。優しい。私も真剣に「がんばります」と返した。帰りに新しい歯ブラシを買った。

 

夜、真剣に鏡の前で歯磨きをする私に長女が「今日の歯医者さんどうだったの?」と聞いてきた。虫歯があったこと、ママの知らん歯が口の中にあったことを説明して「虫歯はちょっとショックだったよ…」と溢したところ、長女は真剣な顔で頷いて私の腰をぽんぽんと叩いた。「早く抜いてきな?」容赦がない。頷いて、歯磨きの続きをひとりでした。次回の診察ではさよならだ。それまではしっかり労ろう。すでに何も感じない虫歯をしっかり磨いて、私は自分知らずの歯との別れを今日も惜しむ。

クソ腐女子がハートストッパーを見たら良かった

洗濯物を畳みながらNetflixを眺めることがよくある。素直な人間なので「あなたへのおすすめ」の一話だけながめたりとかをよくする。所詮はAIによるおすすめなので刺さったり刺さらなかったりする。刺さらないときは「まだまだだね…」って思うし刺さったら「やるじゃねーか…」という気持ちになる。

んで、今回おすすめされた「ハートストッパー」という海外ドラマがぶっ刺さったのでネタバレしないていどに「ここが良かった!最高!」という感想混じりの記事を書く。オタクで腐女子で雑食なので、主語がデカイ、ウルサイ、根拠がナイの三拍子ですが暇な人は読んでってくれよな!そして私がAIにボコボコにされた記録を目に焼き付けろ。

 

  • ●ハートストッパーってなんぞや?

『HEARTSTOPPER ハートストッパー』とは、Netflixで配信されているイギリスのロマンティック・コメディネットドラマシリーズである(Wikipediaより)。

ものすごーく簡単にまとめると学園ドラマで恋愛ドラマ、LGBTQ+のキャラクターを中心にカップル達がひたすらに学校のあちこちでいちゃいちゃしながら成長する物語だ!(私の感想より)原作はコミック。現在season2まで配信されてて追いかけやすいぞ!

 

主役カップルは男男のゲイカップル。ゲイバレしてしまったチャーリーは学校でラグビー部キャプテンのニックと出会い恋に落ちる。恋愛ドラマなのでこれはネタバレにならないと思いますがチャーリーとニックは恋人になります。それまでにもすったもんだあるんでそこはドラマを見て頂くとして、まあこのカップルが毎話キスする。多分平均3回/1話くらいしてる。いやしらんけど。体感そんなかんじ。初々しい学生カップルの王道を行く主役カップルに相応しい可愛い二人です。

 

この二人を中心に、チャーリーのトラウマ克服、ストレートとゲイの恋、友人関係、友人の恋、親へのカムアウト、友達へのカムアウト等等の、いろんな問題を乗り越えながら様々なカップルがいちゃいちゃしていく話です。かわいいんだこれが。

 

  • 私が転がり落ちたのはなぜ

そもそも、私は恋愛ドラマが苦手である。

海外ドラマはミステリとかサスペンス、恋愛<相棒なカップルが好きなので、恋愛ドラマのいちゃいちゃにむず痒くなってしまうタチ。コメディやギャグが入っているならまだ見れるが、甘くイチャイチャされるのは昔から「うおー!!はずかしい!」と思うタイプだった。

なのでハートストッパーをNetflixにおすすめされたときも「え〜〜?恋愛ドラマでござるか〜〜?」って気持ちだった。ただ元々BLは好きだったので、「ふーん、学園BLドラマか…見れそうだな…」と思って再生したのだ。

 

再生した瞬間私の体感記憶が高校生にトリップした。

 

あ、あ、あ〜〜〜!!!!ラグビー陽キャスポーツマン一軍男子×陰キャサブカル平凡男子のBLだぁああーー!!!高校時代にネットでかたっぱしから読み漁ったやつだー!!!う、う、うわあ〜〜〜!!!!!BL漫画とか個人サイトで読んだイベント全部やるんだ…!全部やるんだ!!えええ〜〜〜!!うれしーー!!私の青春じゃん〜〜〜!!!!

そう、このクソ腐女子の青春のツボど真ん中なカップルだったのである。しかも令和の時代アップデートによりニックは令和のスパダリとして完璧だった。優しくて包容力があり相手の不安を掬い上げるイケメンで勉強ができてスポーツマン。スパダリ×健気じゃん。大好きじゃん。じゃんじゃんじゃん。

「やるじゃねーか」どころではない。AIに後ろからヘッドショットされて虫の息。転がり落ちたのはドラマのせいではない。懐かしさ&性癖故に勝手に転がり落ちたのだ。あれ?これじゃ作品の良さをおすすめする前に私がクソ腐女子ってことしか伝わらないな。いや違う!作品が良いから!作品が良いから私のクソ腐女子が騒ぎ立てたのだ!そう!作品が良いから!!

 

  • 具体的によかったところ

親になってからは親目線で作品を見ることが多くなった私です。なので学生恋愛モノを見るともう頭の中がえらいこっちゃですよ。チャーリーが恋に夢中になって課題が危機で外出禁止をお母さんに言い渡されるんですが、私の中のお母さんは「それはそう〜〜〜〜!!!!!!それは……そう……!!」って頷くし、学生の記憶は「いやでも今が一番楽しいときでしょ〜!外出禁止はつらいよね〜!」ってわかるボタン押しまくるし、腐女子は「そこだ!いけ!抜け出してチューしろ!展開なんて気にするな!」ってメガホン持ってる。しっちゃかめっちゃか情緒不安定。そういうシーンが随所にある。

つまりめっちゃ感情移入できるシーンがたくさんあるんです。

それもこれもキャラクター周りの関係を丁寧に丁寧に描いているから。チャーリーの元彼はまあまあクズなんですけど(私の中のお母さんが「あんたそんな男やめときなぁ!!?」って叫ぶくらい)クズさも、それに対するチャーリーの怯えとか惨めさとか怒りとかも丁寧に描いてる。また元彼のクズさのなかにも学生特有の葛藤が垣間見えて、あぁ〜〜いるいるこういう男!みたいな共感が凄い。元彼に傷つけられたチャーリーに、ニックが徐々に癒やすんですが、その過程もとても丁寧ですし、はじめて男の子を好きになったニックの戸惑いも、丁寧に優しく描いています。ゲイ差別についてもどうしても避けられない描写だと思いますが、それに対しての解決も一足飛びではない。でも優しい描き方をしています。世界は確かに難しくて怖い、でも怖がりすぎることはない、という優しさがいろんなシーンにあるドラマです。

まあ時々「こらこらこら〜〜〜!!!学校でそんなチュッチュチュッチュするんじゃない〜〜〜!!風紀の乱れ〜〜〜〜!!!」みたいな気持ちにはなるんですけどね!!ロッカールームでキスしだすと「絶対誰か来る!!少女漫画とBL漫画で一万回見た!!!!」って勝手にハラハラしちゃいますねおばちゃんは。家でやれ家で!みたいな。あとおばちゃんは色んなBL見てきたんでわかるんですけど「今このタイミングでそんな台詞回ししたら誤解からのすれ違いでもだもだしちゃうでしょ!考えなぁ!!」みたいなのもちゃんとあります。王道BLなので。きちんとポイント抑えてておばちゃんは「ほらぁ〜〜〜!!!」って言いました。

 

学生カップルは初々しくて進展がゆっくり、そして優しい……………ので油断していたのですが、ネイサン先生っていう美術の優しいイケメン先生も恋をしだします。これが私にはどえらいヒット。なんでって大人の恋だからです。学生のきゃっきゃいちゃいちゃを見ていたら急に「大人の駆け引き有りちょっとセクシーずるい恋」をお出しされる。胃がびっくりして一時停止ボタンを押したわ。

え?!ネイサン先生そんなセクシーな顔ができますのん?!?え?!そんなズルい言い回しで誘いますのん??!ちょっ……とまっっってセクシー!誘い方が大人の、あの、大人のスマートさ……え!!?!いきなり働く大人BLになっちゃった!!え?!

学生の甘甘ふわふわ恋愛を堪能し続けるんだろうな〜と思ってた脳が一瞬でバグった。大人の恋愛に私の中のお母さんと学生の記憶は消滅して腐女子だけが残った。Season3で絶対続きが見たい。なんならネイサン先生結婚式とかあげてくんないかな。学生カップルはできないけど大人ならできるでしょあげてくれ〜〜〜!!!!御祝儀をどこかに振り込ませてくれ…いやその前に大人デートたくさん見せてくれ〜〜!!!大人のスマートデートしてくれ………うぐぁああ〜〜ー!!見たい〜〜!!!

 

友達と恋愛どっちが大切? とか、勉強と恋愛のバランスがとれない!とか、修学旅行でカレカノが喧嘩とか。日本の恋愛ドラマあるあるもあってとっても親近感が湧きまくり。修学旅行でカレカノが揉めるの世界共通なんだ…先生ってとっても大変…。

かと思えば、プロムの話とか「今夜家でパーティやるんだ」とかの海外ドラマあるあるも出てくる。欧米って常にパーティしてるな…行ったことないからしらんけど…。恋愛、を殊更重視するイベントが多くてそこらへんのしんどさもちょっと垣間見えて面白いです。私がプロム文化のある学校なんか行ったら初手欠席か壁に張り付いて一分で泣きながら帰っていると思う。パーティとかも私の中のお母さんが「誰が片付けるんだそれ」とずっと気にしてました。

パートナー居るの当たり前文化は、「正しい恋愛」のプレッシャー凄そう。そんな生活の中で学生が眼の前の恋を精一杯大切にしようともだもだする様子は、がんばれ!がんばれ!と応援したくなります。

 

あと私は現実世界で他人の恋愛どうでもよくね?派というか……というか、あの、誰が誰の恋人とか付き合ってる情報って知ってどうするんだ?というか…友達が教えてくれる〜とかならまだしも会社の人とかクラスの子とかの付き合ってる情報いらなくない?と思う方なので……カミングアウトを無理にしなくてもいいのでは?と思ってる方なんですね。というか普通に考えて男女でもそんな仲良くない人に◯◯と付き合ってるの?って面と向かって聞いてくる人わりかし失礼だと思いますから。会社で「☓☓さん◯◯さんと付き合ってるんだよ〜」って噂が流れてきても「???それで……???」って思っちゃうじゃないですか。現実で他人の色恋とかどうでもいい〜〜。

んで、このドラマはカミングアウトについて常に「してもいい、しなくてもいい、あなたが楽な方法でいい」って言ってるんですね。カミングアウトについては多分正解って無いと思うんですよ。本人の気持ちがどうしたら楽かってのは個人差や周囲との関係性がありますからね。この人には言いたいけどこの人には言いたくないってこと普通にあるじゃないですか。逆に全部言ってしまったほうがすっきりする、とかね。そこらへんを限定してないのがこのドラマ優しくて丁寧だな〜と思いました。影響力をわかっているというか。私のようなクソ腐女子がきゃっきゃするだけのドラマではなく、今ちょっと辛い人にもきっと優しいドラマなんじゃないかな、と思った次第です。

 

 

 

というわけで、私がハートストッパーにぶっ刺されて転がり落ちた様が伝わったでしょうか。そうです私は主人公カップルにも刺されましたがなによりネイサン先生の大人の恋愛に頭を殴られて致命傷です……。サイドカップル大好き人間…主役より相棒が好きな女だから…

これを読んだ奇特な人は、ぜひNetflixでハートストッパーを見てみてください。学生カップルのもだもだを、キャーキャー言いながら応援しようぜ!!!

カレーと私と長女とうどんとひやむぎ

うおー!すごく夕ご飯作るのがめんどくさい!わーやだ作りたくないだってまだごろごろしてたいしていうか子供がいないあいだにやりたいことが多すぎて時間が足りないわーわーわー!夕飯なんて凝りたくない〜〜〜!

ってときに凄く助かるのがカレー。

カレーって万能。まず入れる材料が決まっているので頭を使わない。次に切る順番がめちゃくちゃでもなんとかなるので、頭を使わない。さらに炒めて水入れてほっとけばもうできるので頭を使わない。

全然頭を使わない神の料理!それがカレー!

わかっているんです、スパイスとかなんか炒め方とか入れる具材でこだわりのカレーができるのは。こだわればこだわるほど多種多様なカレーができる。わかってるんです。

だけどパッケージの裏に世界一頭を使わない簡単な作り方が書いてあるのに一体どうして頭を使う必要があるのか?!言う通りにやれば美味しいカレーができあがるのにわざわざスパイスなんか考える必要ある?!ないねー!!!

娘とのバトルと仕事と家事と趣味の他にもう1ミリだって頭を使いたくないときはカレー。私の救世主甘口カレー。

 

というわけで帰ってきてから荷物を放り投げて、冷蔵庫から玉ねぎ人参じゃがいも豚肉を取り出した。うわ、しめじが半端に残ってる。ナスもあるな。入れちゃえ入れちゃえ!カレーはどんな母親より偉大な包容力を持っている。回らない頭で適当に作ったって美味いのだ。ハウス食品さんいつもありがとう。出した野菜をべりべり皮剥いてざくざく切ってどんどん鍋に放り込む。足元でチョロチョロする1歳児に「まってねー」と脳死で返事をしてべりべざくざく。とりあえず包丁を使う時間を最短にする。5歳がテレビの前から「ねえYouTubeみたい!!!」と怒鳴るので「見せてください、でしょうが!」「ミセテクダサイ」「一個にしてよ。ご飯には消して」と振り返らずにざくざくべりべり。許可が出たときの5歳の返事は「はーい♥」と超可愛かった。今だけである。後でギャオーッと泣き喚くのは目に見えているが今は思考の外に置いておく。私はカレーを作っているので。

鍋に材料を全部放り込んでからサラダ油をどぷんと入れて火をつける。手順が違う? いーのいーの、カレーは全部受け止めてくれるから。順番とか気にしない大らかさを持ってるから。カレーは私が間違えても「え、全然気にしないよ(笑)てかもっとわがまま言ってもいいのに(笑)」って言ってくれるめちゃくちゃ優しい彼女みたいなものだ。付き合いたてのなんでも言うこと聞いてくれる彼女。その優しさにつけこんで、肉の色が変わったらじゃがいもに火が通りきってなくても水をぶちこむ私はさながらネットで叩かれるクズ彼氏である。このくらい平気だよな!?俺お前を信じてるぜ!

トマト缶もぶち込んで、火を調節して煮てる間に洗濯物を回収する。YouTubeに齧りつく5歳の後ろで洗濯物を畳む。1歳が広げる。畳む。1歳が広げる。畳む。1歳がパンツかぶる。「テツダッテクレテアリガトォ」棒読みでぐちゃぐちゃの洗濯物をざっとまとめてタンスに突っ込んだ。一回畳んだから畳み終わったことにする。どうせ着る時に広げる手間が減ったことにしよう!今日はそうしよう!カレーは煮てる間に家事までできる!(できてない)すごいなあ〜!万能だなあ!

保育園の荷物をほどいて皿洗いと洗濯に回し、弁当箱を洗ってしまう。よしよしもうできるんじゃないか。あとはカレールー溶かしたら完成だぜ。ほんとにいつもありがとうカレー……脳死で作れるなんてほんと神…ほっと一息ついたところで5歳の声が飛んできた。

「今日の晩ごはんなにー?」「カレーだよ〜」「え!?」「え?!」ギャオーッの予感に振り返った。5歳が顰め面でひっくり返った。

 

「長女ちゃんカレーうどんがよかったのに!!!!ぜっ!!たい!!カレーうどん!!カレーうどんじゃなきゃ!!イヤダーーーーーッッッ!!!!!」(5億dbの絶叫)

 

出たよ……。反射で「はぁ〜〜?」と怒りが出る私の前で、1歳が長女と私を交互に見てから丁寧に床に寝そべった。

「だったぁーーーいやぁーーー!!!!」(1歳児なりの絶叫)

よくわかってないのにノリで叫ぶな。フェスじゃねーんだぞここは。家のリビングだぞ。「何回も言ってますけどねえ」私はブリッジの体制でカレーうどんを叫ぶ長女を見下ろして大人気なく声を荒げた。

カレーうどんはカレーの後だっていつも言ってんでしょーが!!今日カレーうどんなんか食べたら明日何食べんのよ!長女ちゃん2日続けて同じもの食べるの嫌がるじゃん!今日はカレーライスだよカレーうどんは明日ァ!」

口から先に生まれた長女が負けるはずもない。

「ヤダーーーッッッ!ぜったいぜったいカレーうどんがいいーー!!カレーうどんじゃなきゃたべないもん!!今日も明日もカレーうどん!!カレーうどんじゃないのはカレーじゃないいぃい!」

「うどんでもライスでも上に乗ってんのはカレーじゃ!!なんで長女ちゃんだけにうどん出さなきゃならんのじゃ!いいから飯を食え米を食え!」

「イヤだぁーーーーッッッ!!」

「あっぶぁうだッいぇーー!!」

「なんで次女まで叫ぶの?やまびこ?」

 

いつもなら折れない。「フーンあっそ、食べないならどうぞご自由に」でメニューも変えず出したものを食べさせる。だがこの「今日の晩ごはんはカレーうどんが良い」攻撃、ここ数週間連続で繰り出されていた。肉じゃがの日もカレーうどん、生姜焼きの日もカレーうどん、餃子の日も野菜炒めの日もラーメンの日もパスタの日もカレーうどんカレーうどんカレーうどんカレーうどんカレーうどんカレーうどんカレーうどん

疲れていた。いい加減にカレーうどんの呪いから解放されたかった。

ブチギレた私はフライパンを引っ張り出して水を張って火にかける。そんなに言うならやってやるわ。カレー様の包容力なめんなよ。

「じゃあ長女ちゃんは今日も明日もカレーうどんだからね!!!!残したらめっちゃくちゃ怒るからな!!」

絶対に母親に負けないスタンスの長女が吠える。

「いいよ!!!!!長女ちゃんカレーうどんすきだもん!!!!!」

湧いたお湯にひやむぎを一束ぶち込んだ。カレー鍋にルーを溶かしてカレーを完成させる。次女にカレーを盛って、冷ましている間に茹で上がったひやむぎをザルに揚げ、冷水をぶっかける。ジャジャっとかつてなく適当に水を切ったらその上にカレーをかけた。出汁だの葉物野菜だの知るか。うどんにカレーをかけたらカレーうどんじゃ。

さあ食えと出すと次女はご機嫌でカレーにがっついた。1歳はうどんとか関係なくお姉ちゃんと同じように叫びたかっただけなのである。犬の遠吠えか? ご機嫌でばくばくカレーを食べる次女の隣で、長女は箸をつかんでうきうきとカレーうどん……いやカレーひやむぎを啜った。

「おいし〜〜〜!!!」

ハウス食品ありがとう。ひやむぎさえも包みこんでくれる、カレーの力偉大なり。

 

長女はしっかりカレーひやむぎを完食したし、次の日も食べた。呪文のように言ってただけある。あれから夕ご飯を作る時にカレーうどんの要求はぴたりと止まり、今は「やきそばがいい」になっている。マルちゃん、頼む……マルちゃん……!

頭を使わなくても美味しいご飯が食べられる。企業様の努力で私は今日も生きている。ありがとうカレー、ありがとうハウス食品。ありがとうカレーの生みの親インド。

今日も美味しく食べています。