ラストマイルを見た。良い映画だった。
映画館でべそべそ泣いて、鼻を啜りながら車で帰った。感想はこのブログでは書かない。みんな映画館に行って感じてみてほしい。
帰ってからツイッターで感想を漁り、うんうん、わかるわかる、そうだよね、とまた映画を思い出して泣きながらツイッターを眺めた。すると「野木亜紀子先生が『ビールとポップコーンが合う映画です』と言っていた」というツイートが流れてきた。プレミアだか、公式広報だかで言っていたそうだ。ははぁん。
TLに流れてくる、出展が明記されていないこういうツイートを、人のうわさ、と呼んでいる。嘘だと思っているわけでも、疑っているわけでもない。多くの人がそう言っているので、事実なのだろうが、きちんと確認するには公式サイトやニュースサイトを自分で探す手間がかかるので、噂話としてふんふん聞くに留めているだけだ。とげとげしたうわさはあまり真剣には聞かないが、楽しいうわさはしばらく眺めている。
そのうわさによると、脚本家の野木先生がラストマイルに『ビールとポップコーン』をすすめている、というのだ。
二度目のははぁん。
そういえば、映画館でビールを飲んだことがないな、と思った。
ジュースはある。ポップコーンもある。しかしアルコールはない。なぜなら、近場の映画館へは車で行くからだ。飲酒運転の選択肢は私にはない。映画館でビール、それってありなのか。流れていく人のうわさを眺めながらわくわくした。暗い映画館でポップコーン片手にビールを飲んで映画を見る。……それってありなのか!
二回目のラストマイルを見に行くことにした。もちろんビールとポップコーン付きで見るのだ。うきうき支度をしながら算段を立てた。歩きで行くから歩きやすい靴で~暑いから薄着で~荷物少なくして~。浮かれた私に旦那が言った。
「あの小さな映画館にビールなんか売ってるの? 確認したら?」
それもそうだ。
近場の映画館は小さな映画館なのでいつも人が少ない。ナイトタイムの時間は貸し切り状態のときもある。フードを頼むのは子供と行く昼間しか頼んだことがないのだ。ビールどころかポップコーンも売ってない可能性も、ある、かもしれない。ない、かもしれない。自信がない。行ってビールが売ってなかったらどうしよう。悲しい。すごく悲しい。確認できるなら、したほうが、いいか。いいか? 私はスマホを取り出して映画館へ電話をかけた。もしもし、すみません。そちらの映画館ってビールは売ってますか? 映画館の人は電話越しに物凄く戸惑っていた。
「はぁ、ビールですか? 売っておりますが…?」
売ってた。
普通に売ってた。あっ、これポップコーンも売ってるやつだ。あっ、やばい、なんかあたりまえのこと聞いてるやつだ。あっ、うわ。ちょっと。うわ。あっ。はずかしい。
羞恥心で脳みそがぐるんと逆回転して口が勝手に回った。
「あ、ということは映画を見ながらビールを飲むことができますか?」
映画館の人はさらに戸惑った。
「できますよ……?」
「わかりました!!!!!!! ありがとうございました!!!!!!!」
羞恥心が限界にきて電話を切った。数分立てなかった。
近所の映画館はがらがらなのである。ナイトタイムならなおさらだ。映画館の受付の人は戸惑っただろう。「なんか今ビールの在庫聞かれたんだけど…」受話器を握る彼あるいは彼女のそばには、映画館なのだから事情通の人がきっといるに違いない。事情通の人はこういうんだ。「ラストマイルでビールとポップコーンもって見てねって野木先生が言ってたらしいですよ」「あー」。そんな会話がもし!!行われていた!!として!!数時間後にのこのこ現れた女が「ビールください!」と言い出したら!「あっ!映画館念押しビール確認女だ!」みたいに!!!思われないとは!!限らない!!!
自意識過剰な被害妄想と、もしもそうだったら恥ずかしいの間で唸りながら、旦那にクレームをつけた。旦那は私を指さして笑った。くそが。
それでも、ビールとポップコーンを片手に映画館で映画を見たかったので、恥を押し殺して映画館へ向かった。案の定がらがらで静かだが、歩きやすい絨毯と適度なBGMで居心地の良い映画館である。ナイトタイムなので店員さんも半分店じまい(館仕舞い?)の空気を出している。フードコーナーのお姉さんはぼちぼちジュースの機材を拭いたりしながら、気怠そうにカウンターの向こうで重心を傾けていた。しかし、完全に閉まっているわけではなく、フードメニューの看板はきちんと出ている。今まで気にしたことがなかったが、よく見るとジュースの下の方に、ちゃんと「ビール 700円」と書いてあった。ほんとにある。ビール、飲んでいいんだ。
映画館って、ビール飲みながら映画見ていいんだ。
カウンターをちらっと見ると、お姉さんとバチッと目があった。お姉さんはすうっと布巾をしまうと、背筋を伸ばしてカウンターにぴたっと立った。職業人である。私もカバンの財布を握りしめて思わず背筋を伸ばした。逃げられない。
なぜだか、中学時代にはじめてひとりで映画館に来た日を思い出した。
妙な緊張を抱えながらカウンターを挟んでお姉さんと対峙する。なるべく歯切れよく「ビールとポップコーンの塩をひとつください」と言った。心の隅で行儀のよい客だと思われたかったと思う。お姉さんは「ビールですね、かしこまりました」と丁寧に言うと、背を向けて大きなビール缶を冷蔵庫からすぐに出して、映画館のあのちょっとデカめのカップに勢いよくジャーッとビールを注いだ。どぼぼぼっしゅわわわ~。ビールの泡の音までよく聞こえる、良い映画館である。つやつやのきれいなネイルの手によって、塩味のポップコーンと一緒に泡の詰まったビールがご用意された。「どうぞ、お楽しみください」お姉さんが澄ました顔で言うので、私も「ありがとうございます」となるべくよそ行きの声で言った。踏み心地の良い絨毯を踏んで、シアターに入るのは最高に緊張した。緊張しすぎて、開演5分前に入った。がらがらの席のど真ん中に陣取り、真っ白なスクリーンを見ながらポップコーンを食べた。うまい。たまに食べるポップコーンってどうしてこんなにうまいんだ。しょっぱくって、ほくほくとカリカリの間で、しょっぱくって、うまい。
5分後にはポップコーンが半分になってた。
まだ映画がはじまってないのに、ポップコーンが残り半分である。ビールの泡も消えてしまった。あんなに泡立っていたのに、なんかしゅわ…みたいな儚いエフェクトがかかっている。時間選択。私ははじめて、映画館でビールとポップコーンをおいしく食べながら映画を見ることの難易度を知った。五分前にビールを買うもんじゃない。一番おいしい一口目が、映画が始まる前に儚く消える。しくじった。半分消えたポップコーンのことは一度置いといて、儚い泡を抱えたビールを覗き込んだ。まだ間に合うだろうか。
カップはまだ冷たかった。開演と同時に予告がはじまる。いつもは大好きな予告にはらはらした。ぬるくならないだろうか、まだ冷たいビールが飲めるだろうか。その間も手がポップコーンを拾う。ばか!なんのためのビールだよ!つまみがなくなるだろうが!必死でポップコーンを持った手を食い止めて開演を待った。あと少し、きっと少し。待て!私の理性、待て!
オープニングの音が聞こえた瞬間に、ビールを飲んだ。
うっまい。
大画面を見ながら、音を聞きながら、冷たいビールを飲んでポップコーンを食べた。すごく美味い。しゅわあっとした苦みとすっきりしたビールの味に、ポップコーンの塩っ気がよくあった。二回目の映画だからストーリーだけじゃなくて、画面の細かいところもみるぞ~とか思っていたのに、ビールによってすぐ泣いた。べしょべしょである。泣きながら、ハラハラしながらビールを飲んでポップコーンを食べた。うおー。おもしれー。二回目なのに。ビールをぐい!うまい。おもしれー!ポップコーンをかりっ。うまい。おもしれー!
なんという贅沢。家で映画見ながら飲むビールも楽しいと思っていたが、映画館は2倍、いや3倍楽しい。そもそも、外で飲む酒ってなんかわくわくする。酒は家の外で作られているので、外で飲むときっと生来の味がするのだ。うまい。映画の展開も早く見える。盛り上がりが一層ドラマチックに見える。ポップコーンを握りしめながら展開を追って、ビールを飲みながら泣き笑いした。たのしい。おもしろい。うれしい。
映画館でビールとポップコーン片手に映画見るの楽しい~~~~~!!
帰り道はふわふわと、楽しい気分をもってゆっくり帰った。昼間は暑いのに、夜は生ぬるくて、風が結構強いので気持ちがよい。映画の記憶を反芻すると、合わせてビールの美味さを思い出した。きっとしばらく冷たいビールを飲むたびに、ラストマイルを思い出す。ポップコーンを見るたびに、残りを握りしめながらハラハラしたシーンを思い出すに違いない。大人になって映画館の楽しみがまたひとつ増えるとは思わなかった。良い経験をしたし、これからもやろうと思った。楽しいうわさをTLに流してくれた人に感謝したい。
人のうわさを楽しむことも、時々はいいもんだ。