父の役割

Xのおすすめ機能はどういう基準で流れているのか、まだよくわかっていないのだが、最近ちらほら流れてくる「この占星術サイトおもしろい!」という噂がある。海外のサイトで、誕生日と生まれた時刻、出生地を入れると座標等が出てきて、それをchatGPTに貼ると自分が丸わかり!というものである。ほーん。

占いでやりたがるのは相性占いが多いのか、自分の性格診断が多いのか。はるか昔に動物占いが流行ったときから、なんとなく自分の性格を誰かに説明してほしい気持ちがみんなほどほどにあるらしいと知った。もちろん私もそれなりに好きだ。自分はこういうタイプなんだ〜という話題で「当たってる〜!」とか「当たってなーい!」とかで盛り上がる。でもそのうち自分が何タイプだか忘れちゃう。そしてまた違う占いでおもしろーいと言う。良いことを言われたら照れながらそうあろうと思い、悪いことを言われたらそうあるまいとちょっとだけ気を引き締める。でも忘れちゃう。占いとはそういう付き合い方をしてきた。流行りには触れるけど飽きっぽいのである。

もちろんこのXで流れてきた噂の占いも私は面白がった。流行りには触れるタイプだ。サイトへ向かって誕生日を入れて………はて? 出生時刻はわからん。私は何時に生まれたんじゃろか。

母親は昔から「あんたは真冬に生まれて大変だった、大雪で深夜寒い中病院で長いことかかって…」としきりに懐かしがっていた。そんなら深夜だろうか。午前1時とか?一度気になると俄然知りたくなってきた。赤ん坊の頃の記憶なんかあるはずもなく、産んだ本人が一番知ってるだろうと、家族LINEで母に聞いた。「ねえ占いで使うんだけど、私が生まれたのって深夜の1時とかだっけ?」

 

母からは「え、知らん…覚えてない…」ときた。

 

ええっ。産んだ本人なのに?! けど冷静に考えれば、私も娘を産んだ時間なんて覚えていない。旦那が隣でFGOをしてたことだけ覚えてる。そうである。産んだ本人は必死で時計など見る暇ないのだ。あちゃー。LINEの画面を見ながら、じゃあ私の生まれた時間はわかんないなあとあっさり諦めたその時、ぴこんと通知が来た。

 

「かかしが産まれたのは日中だよ。午後の一番早い時間だよ。14時くらいじゃないかな。朝連絡が来て病院に行ったけどまだで、おばあちゃんから生まれそうってお昼に電話が来て病院に行った。ついたら分娩室から泣き声が聞こえて、おばあちゃんと笑ったのを覚えてるよ」

 

父からである。

時間だけでなく、まさかの生まれた時の状況まで覚えていてくれた。30後半年経って、自分が生まれた時の状況をこんな詳細に知るなんて思わず、素直に驚いた。普段動きのない家族LINEが一気に沸いた。えっすごい。覚えてるの!?いいな、なんか泣きそう。諸々の感想がこぼれる中、母が一番驚いていた。「えーっそうなの。全然覚えてない。覚えててくれてありがと〜✌」絵文字の呑気さに「じゃああの「あんたは真冬の大雪の深夜に…」はなんだったのだ?」と思ったが、呑気な母のことだから、きっと陣痛のはじめの記憶が鮮明なときのことを言っていたのだろう。

妹たちが面白い面白いと騒ぎ出す。「父さん、私は?」「わたしは?」父のLINEは簡潔だった。

 

「妹は母さんが里帰り中だったから時間はわかんないな。会いに行ったらおじいちゃんがもう抱っこしていた。妹とおじいちゃんの髪型が一緒だった」

「末の妹は朝だよ。夜に生まれると病院に行って、翌朝ぽろんと出てきた。かかしと真ん中子を車に放り込んで病院に行ったんだ。赤ちゃんの末の妹に姉2人がかわいいかわいいとベタベタ触ってた」

 

全部覚えてるじゃん。

末の妹の誕生時、私は小学生のはずだが、回転寿司でマグロを食べた記憶のほうが強い。当時から食い意地が張ってたのである。一方真ん中の妹は「末っ子が生まれた記憶は、おんな!おんな!って喜びながらカーテン開けたら違うおばさんのベッドだったことしか覚えてない」と言う。こちらは当時からコメディアン体質だったのだ。そんな姉2人の残念な記憶と違い、父の記憶はしっかりしていて温かい。驚いた。穏やかな父親だが適当なことも言う人なので、こんなにはっきり覚えていてくれたことも素直に嬉しかった。

思いがけないところで自分の出生時刻を知り、占いのことはちょっとどうでもよくなった。この驚きを共有したくて旦那へかくかくしかじかと伝えると、旦那は「いや、そりゃそうでしょ」と笑った。

 

「僕も娘が生まれた時間わかるよ。長女は夜の10時とか11時くらい。次女は朝の4時くらいだよ」

 

な、なんで覚えてる?! 私がすっかりあやふやなことをあっさりと教えられて驚くと、旦那は言った。

 

「産んでる本人はそれどころじゃないだろうけど、連絡受けて対応した方だから覚えてるよ。次女のときは家で長女と寝てる朝方に生まれたよーってLINE着てた。朝「産まれたねー!」って長女と言ったし。長女のときは20時くらいに病院に行って、1日くらいかかったんだよ。立ち会ったけどやることなさすぎて暇で、水曜か木曜じゃなかった?FGO*1で新キャラのピックアップが出た日だったからひたすら回してたんだよね」

 

感動と驚きと怒りが湧き上がっては引っ込んで忙しい。やることなさすぎてではないが。私だって呻いてる横でずっとFGO回してるなこいつって覚えてるが?!という怒りと、時間までちゃんと正確に覚えてくれていたという感動と、そんな正確にわかるのかという驚き。ラーメンを食べながら間抜けに見返す私に、旦那は続けた。

 

「お義父さんも仕事抜けて行ったりしたんじゃない?だったら覚えてるよ」

 

なんとなく、父親のはじめの役割を知った。

母親は必死こいて産む。さまざまな出産はあれど、みんな必死だ。助産師さんや先生と力を合わせて立ち向かうので、印象に残る出来事は覚えていても細かいところまで覚えていられない。一方の父親は、出産そのものの最中、テニスボールを当てても「違う💢」と言われる。手を握ったら握りつぶされる。手術中は部屋の外である。体力的にも余裕がある。だから、一番の役割は細かいところまで覚えておくことかもしれない。

産まれたときの時間とか、何が起きていた日とか、誰といたとか、何を言っていたとか、そういう子供が絶対知らない一番初めの日を細かいところまで覚えておくこと。そういうのは確かに、父親のはじめの役割かもしれないな。

私は娘が成人しても社会人になっても、旦那が陣痛室でFGOをしていたことを笑い話として絶対に言うと決めていた。ふとわかった。そうか、こういうのが、母の「あんたは真冬の雪の降る深夜に…」に繋がっていくのか。縮れ麺に絡む味噌スープをじっと見て、なんだかちょっとおかしさと楽しみに笑った。

 

ラーメンの味玉を齧りながら、そのまま覚えといてね、と旦那に念押しする。将来長女が占いで、出生時刻を知りたがった時のために。30年経っても50年経っても覚えといてね。

娘が何歳でも、きっと嬉しがると思うので。

*1:Fate/Grand Orderというスマホゲーム。新キャラを手に入れるために石というポイントを手に入れガチャを回す必要のあるゲーム