慌ただしい4月が終わり、体調不良の5月を乗り越え、やっと最近ゆっくりする余裕が出てきた。図書館で借りた本を1ページも読まないで返すことが減ってきて、今週はようやく一冊の内半分読めた。紙の本はめくる手触りと音が何より好きだが、めくってじっくり読み込むには時間と空間が必要だ。それが少しずつ確保できるようになってきた。うれしい。
最近流行りの日本語の成り立ちについての本だった。母音はあいうえおではないとか、髪と神の語源の違いは発音からわかるとか、そういった内容だ。おもしろい。普段慣れてる日本語を、ゆっくり言ってみて「うおー、ほんとだ」などと、本を読みながら楽しんでいた。新しい発見は身近であるほど身に染みる。さて、日本語の成り立ちを調べるにあたって、万葉集は必須なんだろう。本筋の補足にさまざまな万葉集が本の中に出てきた。万葉集なんて高校の時に軽く触れたきりである。たらちねの、とか、あかねさす、とか、防人がどう、とか、なんかそういうのでしょ。そんな浅い知識しかない。高校のときはテストのために覚えていた句も、日本語の語源の解説テキストとして読むとまあおもしろい。へえ〜、これこういうふうに読むんだ、とか、こんな句あったんだ、とか、いろいろな発見がある。万葉集っておもしろいな。また読み直したら楽しいかな。そんなふうに読み進めていたら、あまりに刺さる句を紹介された。
父母(ちちはは)が、頭(かしら)掻(か)き撫(な)で、幸(さき)くあれて、言ひし言葉ぜ、忘れかねつる
作者は丈部稲麻呂(はせつかべのいなまろ)。防人任務に行く作者へ、父母が頭を撫でて「元気でいろよ」と言ってくれた言葉が忘れられない、という内容だ。
万葉集が編纂されたのは大体1300年前である。
1300年前の親も、子供の幸せや健康を祈るとき、頭を撫でるんだ、と思った。
衝撃だった。1300年前の人間がどんな気持ちで何を見ていたかなど、正確にわかることはない。紙や資料から専門家が読み解いて、現代語に翻訳してくれて、それでようやく片鱗を掴めるものだと思っていた。なのに、この句の親の視線が私ははっきりわかる。心配だろうな。顔をもっとよく見ておきたいのに、ちゃんとしてない襟とか擦り傷とかが気になって、この子ちゃんとやってけるだろうかとか、しゃんとしなさいとか、そういうのが先に立って、向かい合った子供がどんな顔してたかはっきり覚えてないんだ。お腹いっぱい食べていてほしい。悲しい目に遭わないでほしい。手が届かない場所でしんどい気持ちにならないといい。幸せであれ。元気であれ。そういう気持ちで赤ちゃんの時から触れていた頭を撫でる。
わかる。子どもがテレビをボーッと見てる後ろ姿とか、真剣に道端の石を選んでる時とか、たまらなくなって頭に触れる。なでり、と掌で触れると、俯いてた子が「なんで撫でるんだよう」とにやにやしながら振り返るのに、「撫でたくなったから」と答えていた。本当は、かわいくてたまらないからだ。今の幸せで健康なまま、明日もいてほしいからだ。小学校に初登校する子供を撫でて送り出したとき、私は丈部稲麻呂の父母と同じ視線で娘を見ていたんだろう。中学、高校、社会人へと世界が広がって1人で歩いていく娘たちを送り出すたびに、もしかしたら同じ視線になるのかも。幸くあれ、幸くあれ、と思いながら、頭を撫でる。元気でいてほしくて。
こんな気持ちは高校の授業ではわからなかった。恋の歌もピンときてなかった小娘に、この歌の親の気持ちがわかるはずもない。今こんな形で出会えたのは、今読めよという本からの後押しかもしれない。これだから、昔ふれてよく分からなかった本や情報を読み直すのは楽しい。好きだ。わからなかった気持ちや展開に寄り添える。視点が変わってまた新しい発見がある。
1300年経っても、子供の幸せを願う親は頭を撫でる。稲麻呂ママ、私たちきっと同じ事考えてたんだね。防人に旅立つ息子を見送る心配と小1を見送る心配はきっと比べものにもならないけれど、でも同じことを願っていた。
子供は元気でいてほしい。
勝手に心の中で、1300年後の布団から、丈部稲麻呂にいいねを押した。